歌手と身体の変わり目

ほとんどの歌手には、年齢的に何度か変わり目が訪れます。

軽い声の方が、その変化がより若いときに来ます。一般的には低声の声の成長は遅く、その分キャリアが長い傾向にあります。

10代の変声期は別として(ちなみに女性も同様の時期に目立つほどの変化ではありませんが、やはり声が変わっています)、その次の変わり目がやってくるのが30代の中盤。ここは一般的には学生時代からの力任せの歌唱ではトラブルが多くなる時期です。このあたりまでにテクニックを身につけておかないと、声を失いかねないので要注意です。日本の多くの歌手が40歳そこそこで声が荒れてしまうのは発声テクニックを軽視して、持ち声だけで来てしまったケースがほとんどです。…

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La Traviataはなぜ世界中で愛されるのか〈3〉

最終回《演出編》

演出家を刺激する、演技力・表現力豊かなソプラノたち

このオペラには、ヒロインであるヴィオレッタが、パリの豪奢な館のセットの中で美しい衣裳を身にまとっている演出が長く親しまれてきましたし、現在でもそういったタイプのものが多く作られています。しかし近年では、より「リアルな女性像」に焦点を合わせた《ラ・トラヴィアータ》もまた数多く生まれています。…

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「大きな声」と「通る声」

日本語とイタリア語とは発音が似ていると言われますが、実際は発音されるための息や体の中の使い方は異なります。

日本語に、腹筋を使って喋るという感覚はないと思います。イタリア人にイタリア語を喋ってもらい、お腹のあたりを触らせてもらうと、喋るだけなのにまるでオペラ歌手が歌っているときのように腹筋、横隔膜が動いているのがわかります。対して日本人が日本語を喋るときはどうでしょう。大きな声で、遠くに向けて喋るとき以外、まず腹筋が動くことも横隔膜を意識することもないでしょう。

そこがイタリア語と日本語の根本的な違いなのです。ですからとても流暢に正しいイタリア語を話す日本人でも、その発音がなぜか平板に聞こえることがあるのです。言えばイタリア人は腹の底から喋るのが当たり前で、そういう使い方を前提に発展してきた言語なのです。ですから彼らが喋っているのを聞いていると、波のうねりがずっと続いているようです。今はインターネットでイタリアのラジオやテレビ番組も聴いたり観たりすることができますので、試してみてください。そして彼らの声がカンカンと響いていることにも気がついていただけることでしょう。…

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声楽教師、日本とヨーロッパ

ヨーロッパの歌手はデビューしてからもコーチについて必ず調整を続けます。演じた役や疲労で微妙に狂った発声を元に戻したり、新しい役の準備をするためです。

世界的な大歌手ほど、母国に戻ってきたとき、あるいはその他の国でも信頼できるコーチを持っていて、(ときにはコーチを帯同する人もいます。)時間を見つけて調整に立ち寄ります。テニス選手やフィギュアスケートの選手と同じです。

しかし、それは日本の声楽界のような「師弟関係」ではありません。言ってしまえばもっとドライな1対1の「契約関係」です。日本のように、教師が学生時代に教えた生徒が立派に活躍している年代になってまで、彼らのことを自分の生徒だと主張し、他の先生に師事することを阻止し、囲い込むなど愚の骨頂。その行動はその教師の人間性を疑わせます。…

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指揮者それぞれ

最近(こちらは映像だが)カルロ・リッツィと、リッカルド・フリッツァが指揮している様子を続けて観た。

前者がすべてを包み込んでさりげなく自分の音楽にして行くタイプなのに対して、後者は、唯我独尊、俺の言う通りにしろ!というタイプの指揮者である。

歌手はだいたいにおいて稽古までは指揮者の言う通りにするが、本番の舞台に乗ったら自分のやりたいことを押し出して来る。リッツィは「そうやりたいのね、そうか、そうか、じゃあどうぞ」と譲るが、フリッツァは違うことをしようものなら、ズレたらズレたまま。「ついて来れないお前が悪い」と言わんばかりである。多分オーケストラも彼とやるのは大変だろう、と想像する。しかし、出来上がった音楽を聴く側とすれば、その音楽には整合性があり、彼が「なにをやりたいか」がはっきりしているので納得がつくのである。…

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