歌手と身体の変わり目

ほとんどの歌手には、年齢的に何度か変わり目が訪れます。

軽い声の方が、その変化がより若いときに来ます。一般的には低声の声の成長は遅く、その分キャリアが長い傾向にあります。

10代の変声期は別として(ちなみに女性も同様の時期に目立つほどの変化ではありませんが、やはり声が変わっています)、その次の変わり目がやってくるのが30代の中盤。ここは一般的には学生時代からの力任せの歌唱ではトラブルが多くなる時期です。このあたりまでにテクニックを身につけておかないと、声を失いかねないので要注意です。日本の多くの歌手が40歳そこそこで声が荒れてしまうのは発声テクニックを軽視して、持ち声だけで来てしまったケースがほとんどです。

さてその次は40代半ば。この辺りから低い声でしたら50歳になるあたりで、筋肉がそれまでのように柔軟に伸びなくなってきます。そのことによって、それまで出来てきたことが出来なくなるという現象が起きてきます。いわゆる自分の身体の筋肉が自分の言うことをきかなくなってくるという現象が起きるのです。ここでなすべきことは、それまでやってきたことと「同じ方法にこだわらない」ことです。この時期からは、年齢相応の筋力に合わせた歌い方というものに調整しながら進むことになります。筋肉の疲れ方も変わってくるので、若い頃のように毎日何時間も歌い続けるのは、ポジションやバランスを崩す原因になります。無駄な歌いすぎには要注意です。

50代以降は、多くの高い音域のレパートリーできた歌手は、一段下のレパートリーに変更せざるを得なくなります。ソプラノのレッジェーロで来た歌手が、軽めのリリコのレパートリーを手がけるようになったり、歌曲でもそれまで使っていた「高声用」を「中声用」のものに切り替えた方が歌いやすくなったりします。

これらの変化は、人間の肉体が楽器である声楽の場合には、誰も避けては通れません。それは年齢を重ねていけば、たとえば駅のホームで発車ベルが鳴るのを聞いて走って間に合っていた人が、だんだん走っても間に合わなくなり、走れなくなり、転倒事故を防止するために走ることを諦め、その電車を見送って次の電車を待つことにするようなもの。年齢相応に動きが鈍くなる、遅くなる、という現象は残念ながら万人に訪れるもの。歌手もまた同じです。年齢を重ねて衰えが生じはじめているということを認めることは辛いことですが、それを自覚して、年齢を重ねれば重ねる程、毎年、毎年、今の自分に見合った歌い方に変化させていく。長く歌っている歌手ほど、それができているのです。若い時のまま、アクセル全開で歌い続けようとすれば、そこには無理が生じ、歌手生命は危機に瀕します。

そこをうまく乗り越えている歌手の歌唱は、実は聴いている側にはほとんど声量や声質に変化を感じないものなのです、歌っている本人だけが大きな差異を感じる。身体の使い方が変わるのであって、出ている声質はほとんど変化していないのですが、歌っている本人にはなかなかそこが理解できません。

そして、これらの身体の変化を敏感に感じるためには、一つ条件があります。若いときから自分本来の声と異なる強く押し広げた声や重いレパートリーを手がけてきた場合、残念ながら最初の30代半ばの変化が訪れる前に、声は揺れはじめ、歌手生命は40代を待たずして終わることが多々あるのです。自分の声に合ったレパートリー、無理のない発声を身につけてきた人にだけ、その「変化の時期が来ましたよ」という信号が身体から送られる、と言ったら良いでしょうか。

若いときはどうやっても声は出ます。しかし、それで突っ走れるのは、限られた期間にすぎません。本当に歌の表現力が備わる年代に入ったときに声が失われているというほど、歌手にとって悲しいことはありません。そして自分の声が本当の意味で聴くことのできない歌手には周囲の助言は欠かせません。もちろん助言する側に、本当の意味での声の良し悪しがわからなければ話になりませんが・・・・・・。