声楽を学ぶ若い人たちはぜひ読みましょう!

[ 昭和音楽大学小畑恒夫先生がFacebookで紹介してくださいました ]

イタリア・オペラから有名どころ58作品を選んで紹介する鑑賞ガイド。作品の内訳はロッシーニ7作品、ドニゼッティ9作品、ベッリーニ5作品、ヴェルディ18作品、プッチーニ10作品、マスカーニ2作品、ジョルダーノ2作品、あとはポンキエッリ、ボーイト、レオンカヴァッロ、チレーア、ザンドナーイが1作品ずつ。上演される可能性の多いもので考えれば順当な選択だといえる。
オペラの解説は簡単なようで、じつは難しい。一番難しいのは意外かもしれないが、「あらすじ」だと思う。どんな話なのか、人物を紹介しながら筋の展開を追い、クライマックスを外さず、それらを限られた字数でコンパクトに語るのは、結構難しい。本書は人物相関図も入れて正確に、バランスよく、わかりやすくまとめられて、この第一の関門は軽くクリア。聴きどころになるアリアや重唱のタイトル(出だしの言葉)が紹介されているもの便利だ。
ただしこの本がビックリするほどユニークなのは「あらすじ」の次に来る「聴きどころ」の内容だろう。音楽の特色を簡単に語った後は登場人物単位の解説になっている。例えば《ランメルモールのルチーア》ならルチーア、エンリーコ、エドガルドそれぞれのキャラクターが説明され、彼らの演唱のどこに注目するべきかが語られる。ルチーアに完璧なベルカント技巧が必要なのは言うまでもないが、それに加えて「儚さ」が絶対条件であると著者は言う。単にベルカント・オペラと言っても、いい声で歌うだけではなく、その声に何を込められるかが歌手の値打ちなのだ。「昨日今日デビューした若いソプラノが歌えば、単なる技術を披露するための運動会になってしまいかねず、心理を深く表現するところまでにはなかなか至らない」。一方エドガルドに求められるのは若いエネルギーや情熱的な言葉なのだ。ただしそれは「ベルカント唱法の息の流れ」に乗っているべきなので、しっかりした技術的基礎がないといけない。著者はタリアヴィーニ、パヴァロッティ、ベルゴンツィを見本にあげて賞賛する。
ドニゼッティやベッリーニに限らず、ヴェルディでもプッチーニでも、「聴きどころ」で一貫して強調されているのはイタリアのベルカント歌唱を基礎にした表現力の多様さだ。例えばヴィオレッタ役を手がけるには「まずはそのソプラノが声楽的ないくつものハードルを超えてヴェルディのスタイルを消化し、自分のものにしていることが大前提」なのである。また蝶々夫人なら「スカラ座のあの大きな劇場で、分厚いオーケストラを突き抜けて声を通し、かつ蝶々さんの心情を表現することは、昨日今日オペラ歌手になったような若いソプラノには到底出来ない」。
私は持論として、今日のように芸術的センスが高まっている時代にオペラを成功させるには、歌手の力だけではダメで、指揮者と演出家と歌手が三拍子揃うことが不可欠だ、それで初めて素晴らしいレベルに到達する、と考えている。しかし私はこの本を読みながら、イタリア・オペラでは歌手の力が半端なく重要であるということを再認識させてもらった。イタリア・オペラとは徹頭徹尾歌手の芸術であり、歴史的遺産であるベルカントの修得なくしてはそのよさが伝わらないし、聴き手もそれを理解しないとオペラの真髄を楽しむことができない。著者の河野さんは、そう訴えているのだ。
その意味では、これはかなり高度な入門書ともとれるだろう。帯の裏側に「声楽を学ぶ若き人へ」と書かれているように、著者の目はベルカント歌唱の何たるかを知らない若い歌手たちに向いている。ドイツ・オペラもフランス・オペラもみんなベルカントっぽく歌われるようになった昨今、若い人たちは楽譜が読めればどんなオペラも同じように歌えると思っているようだが、じつはイタリア・オペラが厳密なベルカント歌唱とイタリア語の厳格なディクションと結びついていること、また歌唱は歌手の年輪とともに成熟していくという本当の素晴らしさを知らない。単なる懐古趣味とは違う。本人に直接聞いたのだが、著者の河野さんはこのガイドを書くために、すべてのオペラの楽譜を(新しいクリティカル・エディションのあるものはそれを)確認しなおしたのだという。作曲家たちが歌手に何を求めているかを最新の楽譜で確認し、それを解説の中に生かしている。
単なるガイドと思うなかれ。優れた歌唱によって実現するイタリア・オペラの高い芸術性を愛し、その真髄を伝えたいと願う著者の熱い思いが伝わってくるガイドである

[昭和音楽大学小畑恒夫先生のFacebookから転載]

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《ラ・トラヴィアータ》を筆頭に《ジョヴァンナ・ダルコ》《ルイーザ・ミッレル》《アイーダ》…。ソプラノをタイトルロールにした作品はもちろん、ヴェルディのオペラには魅力的なヒロインが多く存在する。本書は「ソプラノ」=「女性」を軸に、その行動や心理状況を追いながら、ヴェルディの目指した「心理劇」の面白さなどを今までと異なる視点で解説。さらに本邦初、初演を歌ったソプラノ歌手の生涯など様々なエピソードを紹介しながら「ヴェルディのオペラ」の魅力を再発見する一冊。

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